2015年11月15日日曜日

悲しみよ こんにちは


『考える自由、正しくないことも考える自由、ほとんど考えない自由、自分自身で人生を選ぶ自由、自分を選ぶ自由。〈自分である自由〉とはまだ言えない。わたしはこれからどんな形にでもなっていく素材にすぎないから。でも型にはめられるのはお断わりという素材なのだ。』


『ありのままでいることや安易な自分本位なら、わたしには生まれつき存分に備わっている。それでずっと楽しく生きてもきた。ところが、この何日かというもの、深く考えたり自分の生き方を見つめたりしなくてはならなくなったのだから、心はかなり揺れ動いた。そしてあれこれ考えては苦しみ、悩んだが、自分自身と折りあいをつけられずにいた。』


『わたしはシリルのことを想った。コオロギが鳴き、月光が広がるこのテラスで、彼に抱きしめられたいと思った。やさしくなでられ、慰められ、自分自身を許したいと思った。』


「人生を複雑にしてはだめ」アンヌが言った。「あんなにうれしそうにはしゃいでいたあなた、そそっかしいあなたが、考えこんで悲しんでいるなんて。似合わないわ」「そうね。わたしはなんにもわかっていない元気な若者。明るさと愚かさでいっぱい」
「お昼の時間ね」アンヌが言った。』



こんな並外れた快楽を、わたしは初めて知った。ある人の心の奥を見ぬき、あらわにし、白日のもとに連れ出して、そこでねらい撃ちにする。おもちゃのピストルの引き金に、慎重に指を当てるように、わたしは誰かを見つけようとしていたのだった。そしてすぐさま発射。命中!
こんなことは知らなかった。わたしはずっと衝動的すぎたから。撃ったとしても、不注意で。ところが突然、かいま見た。人の反射神経のみごとなメカニズムを。ことばの力というものを。それが嘘によるものとは、なんと惜しいことを。いつかわたしが、誰かを激しく愛したら、そのときこそこんなふうに、その人へと向かう道を探すだろう。慎重に、やさしく、震える手で……』


『アンヌはわたしの髪を、首すじを、やさしくなでた。わたしは身じろぎもしなかった。まるで、波とともに足もとの砂が引いていくときのような感じがした。敗北に、やさしさに、身をまかせてしまいたい衝動に駆られ、ほかのどんな感情も、怒りも欲望も、わたしを突き動かしてはくれなかった。こんな喜劇なんかやめて、わたしの人生を、その最後の日々まであずけ、この人の手に自分をゆだねてしまいたい。これほど執拗で、激しく迫ってくる弱さを実感したのは、はじめてのことだった。わたしは目を閉じた。心臓が止まった気がした。』


『でも、言えなかった。それはアンヌが嫉妬深いからでも、本質的に潔癖で、こういったことに聞く耳をもたないからでもなく、そもそも父と一緒になるのを受け入れたのは、次のような了解のもとだったにちがいないからだーーいいかげんな放蕩の時代は、これで終わり。あなたはもう十代の男の子ではなく、私が人生を託す一人前の男。だからきちんとふるまって、自分の気まぐれに翻弄される情けない男にはならないこと。』


『シリルが一歩進み出て、わたしの腕に手を置いた。わたしは彼を見つめた。そして思った。この人を愛したことは一度もなかった、と。いい人だと惹きつけられはした。この人が与えてくれた快楽は、たしかに愛した。でも、この人を必要としていたのではなかった。』


悲しみがこんにちはしていたときにたまたま見つけて、読んでみた初めてのサガン作品。
本屋さんのレジで、店員さんに感想をぜひ聞かせて欲しいと言われたが、レジ前で済むような話ではなさそうだ。


0 件のコメント:

コメントを投稿