2013年3月3日日曜日
こんな気持ちがわかるようになっちゃった
春夫はインドネシアコーヒーをいれながら、
「来てくれないかと思った」
と、言った。
「嘘」
瑠璃子は言ったが、それが嘘ではないことを知っていた。だからこそ来てしまったのだ。
「心配したわ」
瑠璃子は言った。
「ものすごく心配したわ」
自分でも思いがけないことだったが、それは怒りだった。
「いいから」
さえぎって抱き寄せようとする春夫の腕をふり払った。
「来るべきじゃなかった」
来るべきじゃなかった、と瑠璃子はくり返した。自分に腹が立った。混乱し、不安で、心臓がひどくはやく強く打っている。
「こわかったわ」
いいから、と春夫はもう一度言う。
「こんなの全然スイートじゃないわ」
しゃくりあげた。
「落ち着きなよ」
手首をつかまれ、今度はふりほどくことができなかった。春夫の胸に、顔がぶつかる。すっかりなじんでしまった春夫の皮膚の匂い、そして体温。
「ほら瑠璃子さん、落ち着きなってば」
背中をあやすようにたたかれていた。
「別れたのは俺なのに、どうして瑠璃子さんが泣くんだ?」
可笑しいよ、と言って、春夫は弱く笑った。
「可笑しくないわ」
かなしかった。そして腹が立った。瑠璃子の声は思いきり湿っている。
「あなたを愛してるからよ」
言ってしまうと、また涙がでた。癇癪を起こした赤ん坊そっくりの泣き方だと自分でも思う、身も世もない泣き方だった。顔が熱く、息が苦しい。春夫は背中をたたくのをやめ、そのままじっと、瑠璃子を腕に入れてくれた。
「それは」
やがてぽつりと言う。
「それはとても、スイートじゃないか」
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